世界有数の競馬大国オーストラリアで、G1をはじめとする「グループ競走」が増えすぎているとの議論が起きている。2026-27シーズンには高額レースのゴールデンイーグルが新たにG1へ昇格し、国内のG1は77競走に達した。さらに19競走が新しくブラックタイプ競走となり、既存11競走も格上げ。一方で降格したのはわずか1競走だった。

問題は単純に「重賞の数が多い」ことだけではない。州ごとに巨大な競馬主催組織を持つオーストラリア特有の構造、高額賞金レースの乱立、国内と国際基準の食い違いが重なり、ついにはオーストラリア自身が重賞格付けの決定権を一時的に失う事態にまで発展している。

そもそも「ブラックタイプ」とは?

オーストラリアでは日本の重賞に相当する競走を、上からG1、G2、G3(オーストラリアのGは「グループ」)に分類し、その下にリステッド(L)競走が置かれている。これらをまとめて「ブラックタイプレース」と呼ぶ。

ブラックタイプという名称は、競走馬のセリ名簿などで対象競走の勝ち馬や好走馬が太字で記載されることに由来する。つまりG1やG2という格付けは単なるファン向けの称号ではなく、繁殖牝馬や種牡馬、セリ上場馬の市場価値にも直結する。

だからこそ、質の低い競走まで次々にグループ・リステッドへ昇格させれば「ブラックタイプの価値そのものが薄まる」という批判が出てくる。

なぜオーストラリアはこれほど重賞が多いのか

最大の理由は、オーストラリア競馬が一つの中央組織によって開催されているわけではないことだ。ニューサウスウェールズ州にはレーシングニューサウスウェールズ(Racing NSW)、ビクトリア州にはレーシングビクトリア(Racing Victoria)、クイーンズランド州にはレーシングクイーンズランド(Racing Queensland)などがあり、それぞれが独自に競馬開催と賞金政策を展開している。

特に近年はシドニーとメルボルンを中心に競馬開催の競争が激化した。伝統的なメルボルンカップ、コックスプレート、コーフィールドカップなどを持つビクトリア州に対し、ニューサウスウェールズ州は巨額賞金を用意した新競走を次々と創設している。

代表例が賞金2,000万豪ドルのジ・エベレスト、1,000万豪ドルのゴールデンイーグル、ジ・インビテーション、ビッグダンス、ファイブダイヤモンズ、ラッセル・ボールディングステークスなどだ。

このため「伝統と格付けを積み重ねたG1」と「突然誕生した超高額レース」という二つの価値基準が並立するようになった。

世界最高賞金級なのにG1ではないという逆転現象

この問題を象徴したのがジ・エベレストだった。2017年に創設され、急速に世界最高峰のスプリント戦へ成長したにもかかわらず、出走枠を購入するスロット方式の新競走だったため、長くG1ではなかった。

結果として、賞金数十万豪ドルの伝統的なG1が存在する一方、賞金2,000万豪ドルで世界トップクラスのスプリンターが集まるジ・エベレストにはグループ格付けがないという状態が続いた。2024年になってようやくジ・エベレストとオールスターマイルがG1へ昇格している。

さらに2026年には4歳馬限定・賞金1,000万豪ドルのゴールデンイーグルが、ブラックタイプなしの状態から一気にG1へ認定された。

競走の実力を考えればG1相当との評価に異論は少ないが、「新競走は時間をかけて実績を積み上げて昇格する」という従来のパターン制度とは大きく異なる。

国内と国際社会で「格付けが違う」異常事態も

さらに事態を複雑にしたのが、オーストラリア国内の格付けを管理する体制の機能不全だった。

本来はオーストラリアパターン委員会(Australian Pattern Committee)が競走レーティングなどを確認し、昇格や降格を判断する。しかし州競馬組織間の意見対立などにより、同委員会は2017-18シーズン以降、長期間まともに機能しない状態となった。

その中でオーストラリアの競馬統括機関であるレーシング・オーストラリア(Racing Australia)は2024年に新しい国内基準を採用し、ニューサウスウェールズ州を中心とする多数の競走を格上げした。ところが、その多くがアジア・パターン委員会など国際的な格付け機関には認められなかった。

その結果、一時期はオーストラリア国内では「G2」「G3」と紹介されているのに、国際的なセリ名簿や血統データではその格付けが認められない競走が存在するという極めて分かりにくい状態になった。

ついにアジア・パターン委員会が豪州の格付けを管理

こうした混乱を受け、アジア競馬連盟は2025年12月、オーストラリアのブラックタイプ競走について、当面はアジアパターン委員会(Asian Pattern Committee)が直接判断すると決定した。

つまり世界有数の競馬大国であるオーストラリアが、自国のG1・G2・G3を自分たちだけでは決められなくなったのである。

レーシング・オーストラリアは2026年3月、競馬主催団体から独立した7人によるブラックタイプ・アドバイザリーグループ(Black Type Advisory Group)を設置。競走の昇降格について第三者的な意見をまとめ、アジアパターン委員会へ提出する仕組みを作った。

その審査を経て、2026年7月に大規模な格付け変更が決定された。

2026-27年はさらに19競走がブラックタイプ入り

主な変更は以下の通りとなった。

競走旧格付け新格付け
ゴールデンイーグルなしG1
ジ・インビテーションなしG2
ラッセル・ボールディングSなしG2
7ステークスなしG2
ファイブダイヤモンズなしG3
ザ・ゴングなしG3
コンコルドSG3G2
キングストンタウンSG3G2
クレイヴンプレートG3G2
チャウタウクアSリステッドG3
ポセイドンSリステッドG3
スタンフォックスSG2G3

このほかビッグダンス、ゴールデンギフト、ザ・ハンター、シルバーイーグルなどもListedへ加わった。

一方、G1からの降格候補となっていたヴィクトリアダービー、メトロポリタン、レイルウェイステークスはすべてG1を維持。結果として2026-27シーズンのオーストラリアG1は77競走となった。

「多すぎる」のか、それとも豪州競馬の規模なら妥当なのか

ただし「77もG1があるから異常」と単純に結論づけるのも正確ではない。オーストラリアでは年間約1万9,000競走が行われるほど競馬の規模が大きく、ブラックタイプ競走も全競走の数%程度にすぎない。

また、競馬が生産・セリ産業と密接に結び付いているため、牝馬限定、2歳、3歳、短距離、中距離、長距離など、それぞれにブラックタイプ競走を整備する必要もある。

本当の問題は「数」以上に格付けを誰が、どの基準で決めるのかにある。

高額賞金を設定した新競走を積極的に格上げしたい州、伝統的なパターン体系を守りたい側、国際的な競走レーティングを重視するアジアパターン委員会、生産・セリ市場でブラックタイプを必要とする馬産関係者。それぞれの利害が一致していない。

オーストラリア競馬は「重賞インフレ」を整理できるか

皮肉なのは、格付け制度が混乱している一方で、オーストラリア競馬そのものは世界でも屈指の活況を呈していることだ。ジ・エベレストやゴールデンイーグルの成功は、新しい大レースを作り、巨額賞金によって一気に世界的イベントへ育てられることを証明した。

一方で、新しい高額競走を次々にG1・G2・G3へ組み込めば、歴史あるグループ競走との序列が分かりにくくなり、ブラックタイプの希少価値が低下する危険もある。

アジアパターン委員会による管理はあくまで暫定措置であり、レーシング・オーストラリアには国際基準に沿った正常な国内審査体制を再構築することが求められている。しかも2026年7月の決定ですべてが終わったわけではなく、残る競走については9月以降も審査が続く予定だ。

「賞金が高いレースが一番偉い」のか、「長年高いレーティングを維持した競走がG1なのか」。世界でも特に商業化が進んだオーストラリア競馬は今、その二つの価値観をどう両立させるかという難しい問題に直面している。

 

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