【廃止競馬場の記憶】上山競馬場:湯の町に響いた歓声と、東北の雄が歩んだ栄枯盛衰の歴史

かつて山形県上山市に存在し、全国の競馬ファンから親しまれた「上山(かみのやま)競馬場」。東北地方の地方競馬の一翼を担い、数々の名馬や名手を輩出したこの競馬場は、なぜ廃止の道を歩むことになったのでしょうか。本記事では、上山市の公式資料や地方競馬全国協会(NAR)の記録などの一次資料に基づき、上山競馬場の誕生から全盛期、苦渋の廃止決断、そして現在の跡地利用までを詳しく解説します。
目次
Toggle上山競馬場の基本情報
- 所在地(廃止時): 山形県上山市金瓶(かねびん)字水上
- 開場年: 1935年(昭和10年) ※前身の開場、1958年(昭和33年)より上山市営
- 廃止年: 2003年(平成15年)11月11日
- 開催されていた競技: 地方競馬(平地競走)
- 主催者: 上山市(上山市競馬事業局)
歴史と沿革:温泉街の発展とともに歩んだ「湯の町競馬」
上山における競馬の歴史は、1935年(昭和10年)に上山競馬倶楽部によって開設された公認競馬場に始まります。上山市は古くから温泉街として栄えており、競馬は観光客の誘致と、地域の基盤産業であった馬匹(ばひつ)の改良・生産振興を直結させる国策・地方振興策として深くコミットしていました。
戦後の1948年(昭和23年)に新競馬法が制定されると、山形県や周辺自治体による主催を経て、1958年(昭和33年)からは上山市が単独で主催する「市営競馬」としての体制が確立しました。
昭和40年代から50年代の高度経済成長期、上山競馬場は空前の大活況を呈します。温泉街の宿泊客や周辺地域からのレジャー客が詰めかけ、競馬事業による収益は上山市の一般会計へと多額に繰り入れられました。この時期の競馬収益は、市内の小中学校の校舎建設や、道路・下水道といった都市インフラの整備資金として活用され、上山市の戦後復興と近代化を財政面から支える「ドル箱」となったのです。
コースと施設の特徴:地方最速の映像設備とタイトな小回り馬場
上山競馬場は、蔵王連峰を東に仰ぐ風光明媚な高台に位置していました。コースは1周1050メートル、幅員20メートルのダート(砂)コース(右回り)です。
地方競馬場の中でも比較的小規模であり、最後の直線は約200メートルと非常に短いのが特徴でした。4つのコーナーが非常にタイトであるため、「内枠有利」「先行絶対有利」の傾向が極めて強く、騎手たちにはコーナーワークでの絶妙な位置取りや、他馬との駆け引きといった高度なテクニックが要求されました。
一方で、施設面では先進的な投資が行われていました。1990年代には、地方競馬としては極めて早い段階で大型映像ディスプレイ(ドリームビジョン)を導入。来場したファンが快適に大画面でレースを観戦できる環境を整えていました。
廃止への経緯:地方競馬を襲った地盤沈下と苦渋の決断
しかし、1990年代後半のバブル崩壊以降、上山競馬場は深刻な不況とレジャーの多様化という荒波に直面します。さらに、他団体のインターネット投票や広域場外発売が普及するにつれ、地方競馬独自のパイが急速に縮小していきました。
上山市の決算資料によると、平成に入ってからの売上減少は著しく、年間数億円規模の赤字が慢性化。かつて市財政を支えた競馬事業は、一転して市の財政を逼迫させる最大の要因となってしまいました。山形県からの財政補填や構造改革、近隣の地方競馬との連携によるサテライト開催などの存続策が模索されましたが、抜本的な収支改善には至りませんでした。
2003年(平成15年)、当時の永田亀昭上山市長は「これ以上の赤字補填は市民サービスの低下を招く」として、競馬事業からの完全撤退を表明。同年11月11日、伝統の重賞「山形記念樹氷賞」が開催された最終日をもって、上山競馬場は68年の歴史に幕を閉じました。当日は冷たい「涙雨」が降る中、全国から多くのファンが詰めかけ、最後の実況に耳を傾けました。
跡地の現在:工業団地への転換
廃止後、上山競馬場の広大な敷地(約12.3ヘクタール)の活用方法は、市議会や地域住民の間で大きな議論となりました。しばらくは一部の施設が「ニュートラックかみのやま」として、他地域の地方競馬の場外馬券発売所として活用されていましたが、スタンドや厩舎などの大部分は解体されました。
その後、跡地は3つの会社に分譲され、かつての本馬場跡には大阪府の製薬会社・東和薬品株式会社の工場が建設されています。
かつての競馬場の面影は全くと言っていいほどありませんが、跡地を目指して坂を上った先には馬頭観音像があり、この地に競馬場があったことを静かに示しています。
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