【廃止競馬場の記憶】福山競馬場:日本最後のアラブの聖地、その栄枯盛衰と「エフピコアリーナふくやま」への転生

広島県東部の中心都市であり、ものづくりの街として知られる福山市。かつてこの街の芦田川左岸には、全国の競馬ファンから「アラブのメッカ(聖地)」と称され、独特の熱気に包まれた「福山競馬場」が存在していました。日本国内でアングロアラブ系競走馬によるレースを最後まで単独維持し、数々の名ドラマを生み出したこの競馬場は、なぜ廃止を迎え、現在はどのような姿になっているのでしょうか。公式記録や福山市の利活用基本構想に基づき、その全貌を詳解します。
目次
Toggle福山競馬場の基本情報
| 項目 | 詳細情報 |
| 所在地(廃止時) | 広島県福山市千代田町一丁目1番1号 |
| 開場年 | 1949年(昭和24年) |
| 廃止年 | 2013年(平成25年)3月24日(最終開催) |
| 開催されていた競技 | 地方競馬(平地競走:ダートのみ) |
| 主催者 | 福山市(福山市競馬事務局) |
歴史と沿革:戦後復興の灯から「アラブの聖地」へ
福山競馬場の歴史は、戦後間もない1949年(昭和24年)に始まります。福山大空襲によって甚大な被害を受けた福山市が、市街地の復興資金を調達すること、および地域の馬匹(ばひつ)改良・生産振興を図ることを目的に開設されました。当時の競馬法に基づき、福山市が単独で主催する「市営競馬」としてスタートを切りました。
昭和30年代から50年代にかけて、福山競馬場は黄金期を迎えます。福山競馬を最大に特徴づけたのが「アングロアラブ系競走馬」への特化でした。小柄ながら頑健で、小回りコースを器用に立ち回るアラブ馬は、福山競馬の代名詞となり、全国から優秀なアラブ馬が集結。1980年代には「ローゼンホーマ」という、地方競馬通算41戦34勝、伝説のアラブ系名馬を輩出し、その名は競馬史に深く刻まれました。
競馬事業による収益は多額にのぼり、福山市の一般会計へと繰り入れられました。これにより、市内の道路整備、下水道の普及、小中学校の公立校舎の建築など、福山市の戦後復興と近代都市化の礎が競馬の売上によって築かれたのです。
コースと施設の特徴
福山競馬場は、JR福山駅から南へ約3キロメートル、芦田川の堤防に隣接するタイトな敷地に建設されていました。
- 1周距離: 1,000メートル(ダートコース、右回り)
- 幅員: 18〜25メートル
- 最後の直線: 約200メートル
1周わずか1000メートルという小回り平地競馬場であり、4つのコーナーは急カーブでした。そのため、「内枠有利・先行有利」のバイアスが極めて強くかかりました。
廃止への経緯:アラブ競馬の終焉と財政負担の限界
しかし、1990年代後半から地方競馬全体を襲った「サラブレット化」の波が、福山競馬のアイデンティティを揺るがします。日本国内でのアングロアラブの生産数が激減し、福山競馬も2005年(平成17年)以降、サラブレッドの導入を余儀なくされました。これにより「アラブの聖地」としての唯一無二のブランド力が薄れることとなりました。
さらにバブル崩壊後の長引く不況、レジャーの多様化により、馬券売上はピーク時の数分の1へと激減。累積赤字は膨らみ続け、かつて市財政を助けた競馬は、一転して福山市の財政を逼迫させる要因となりました。福山市は他地区との広域連携やネット投票の拡充など、懸命な存続策を打ち出しましたが、抜本的な黒字化への道筋は立ちませんでした。
2012年(平成24年)、当時の羽田皓福山市長は「これ以上の赤字補填は市民の理解を得られない」として、競馬事業からの撤退を発表。2013年(平成25年)3月24日の最終開催日、ファン投票によって出走馬が決められる重賞「ファイナルグランプリ」をもって、64年にわたる地方競馬の歴史に完全に幕を下ろしました。
跡地の現在:市民が集う「エフピコアリーナふくやま」と記念碑
廃止後、約13.5ヘクタールに及ぶ広大な跡地は、福山市によって「水と緑に包まれた健やか・未来ふくやま創造交流拠点」として大規模な再開発が実施されました。
現在、かつての馬場やスタンドがあった場所には、2019年12月に竣工した最新鋭の総合体育館「エフピコアリーナふくやま(福山市総合体育館)」がそびえ立っています。プロバスケットボールBリーグの試合や、大規模なスポーツ大会、コンベンションに対応できるメインアリーナを備え、福山市民の健康・スポーツの殿堂となっています。また、体育館の周囲には広大な「競馬場跡地公園(千代田町一丁目緑地)」が整備され、大型遊具や芝生広場が広がり、子供から高齢者まで多くの市民で賑わっています。
特筆すべきは、公園内の一角に、福山市によって設置された「福山市営競馬場記念碑」がひっそりと、しかし確かな存在感を持って建っている点です。廃止された地方競馬場の中で、公式に自治体が立派な記念碑を建立するケースは極めて稀です。碑文には、競馬場が街の復興に果たした多大な功績と、人馬が紡いだ歴史への感謝が刻まれています。形を変え、今も市民の笑顔が集まる場所として、福山競馬場の土地は力強く生き続けています。
★おすすめ★ オートレースくじ「当たるんです」
「当たるんです」は当選確率1/64~1/4096で《最大143万円》が当たる!公営競技(オートレース)をロトくじ感覚で楽しめるサービス!事前知識は一切不要!
- 【廃止競馬場の記憶】中津競馬場:全国を震撼させた「突然の廃止劇」と、「大貞総合運動公園」への再生
- 【廃止競馬場の記憶】荒尾競馬場:有明海と雲仙普賢岳を望んだ絶景の舞台、そして次世代ウェルネス拠点への新生
- 【廃止競馬場の記憶】益田競馬場:フルゲート8頭!日本一小さな競馬場が遺した「益田魂」と、福祉・観光へ繋がる馬の記憶
- 【廃止競馬場の記憶】福山競馬場:日本最後のアラブの聖地、その栄枯盛衰と「エフピコアリーナふくやま」への転生
- 【廃止競馬場の記憶】足利競馬場:渡良瀬川の河川敷に存在した「日本最小クラス」のタイトなコースと、映像の街への変貌と今後の展望











.jpg)