北海道のほぼ中央、空知地方の中核都市である岩見沢市に、かつて競馬の熱狂を呼んだ「岩見沢競馬場」が存在していました。ホッカイドウ競馬とばんえい競馬の双方を開催し、多くの名馬や記録を生み出したこの場所は、どのような変遷を辿ったのでしょうか。公式記録や馬主協会の沿革資料に基づき、その詳細な歴史と、時が止まったかのような跡地の現状に迫ります。

岩見沢競馬場の基本情報

  • 所在地(廃止時): 北海道岩見沢市日の出町444番地
  • 開場年: 1947年(戦後再開)、1968年(現在地への移転)
  • 廃止年: 2006年(休止・事実上の廃止)
  • 開催されていた競技: ばんえい競馬、ホッカイドウ競馬(平地競走)

歴史と沿革:市営競馬の中心地として

岩見沢での公営競馬の歴史は、戦後間もない1947年(昭和22年)に地方競馬法が改正され、北海道馬匹組合連合会(馬連)の主催により岩見沢などで競馬が開催されたことに端を発します。戦後の食糧難や農業復興において、農作業の原動力となる「馬」の生産と資質向上は急務であり、競馬はその振興策として大きな役割を担っていました。

1953年(昭和28年)、旭川・帯広・北見とともに4市による「北海道市営競馬(後のばんえい競馬)」が正式に発足。当初は別の場所にありましたが、1968年(昭和43年)に現在の日の出町へと移転新設されました。この移転の際、ばんえい用の走路は直線200メートルに整備され、より力強くダイナミックなレースが展開されるようになりました。

コースの特徴と名馬たちの伝説

岩見沢競馬場は、JR岩見沢駅の真東に位置し、スタンドからは広大な石狩平野を見渡すことができるロケーションにありました。平地競馬(ホッカイドウ競馬)のコースの内側にばんえい競馬の直線コースが設置されたハイブリッド型施設です。

この競馬場は、ばんえい競馬の歴史において数々の大記録の舞台となりました。ばんえい競馬馬主協会の記録によると、1986年(昭和61年)には、ばんえい競馬の伝説的スーパーホースである「キンタロー号」が、この岩見沢競馬場にて史上初となる総収得賞金1億円突破という偉業を達成しています。地域に密着したレジャーとしてだけでなく、農耕馬をルーツとする重種馬たちの最高峰の戦いが繰り広げられる聖地の一つでした。

廃止への道のりと4市開催の崩壊

しかし、平成に入ると娯楽の多様化や長引く不況の影響で、地方競馬事業は苦境に立たされます。特に4市(旭川・岩見沢・帯広・北見)で構成していた北海道市営競馬組合は、累積赤字が膨らみ、存続の危機に陥りました。

経営改善に向けた様々な努力が行われましたが、抜本的な解決には至らず、2006年(平成18年)度をもって岩見沢市はばんえい競馬の開催からの撤退を決断。帯広市が単独開催を引き受けることとなり、岩見沢・旭川・北見の3場でのばんえい競馬は幕を下ろしました。同時にホッカイドウ競馬も岩見沢での開催を休止し、2006年の開催を最後に実質的な廃止となりました。

跡地の現在:放置されたノスタルジー

廃止後、他の競馬場が別の施設へ転用されたり解体されたりする中、岩見沢競馬場の跡地は非常に特殊な状態に置かれています。現在に至るまで大規模な跡地転用が進まず、当時の施設の一部が「そのまま放置されている」状態なのです。

現地を訪れたファンや記録によると、市街地の町並みが途切れた高台に続く道の先には、今も「岩見沢競馬場」と刻まれた石のプレートが残る入場門がそびえています。さらに入場券売場には当時のまま「100円」の文字が残されており、パドック跡や草に覆われたコース跡、さらにはゴール板の骨組みまでが、朽ちながらもかつての面影を留めています。 現在は安全上の理由から立ち入りが制限されている場所も多いですが、かつて石狩平野に向かって響き渡った歓声の記憶を、廃墟となった施設群が静かに語り継いでいます。

 

★おすすめ★ オートレースくじ「当たるんです」

「当たるんです」は当選確率1/64~1/4096で《最大143万円》が当たる!公営競技(オートレース)をロトくじ感覚で楽しめるサービス!事前知識は一切不要!

◆当たるんですのご登録はこちら(入会費・年会費 無料)